
これは「猛毒blog」です。毒ではなく、猛毒を吐いています笑
本質的なことを遠慮なくしたためておりますゆえ、人によっては「めっちゃ痛いっ!」と感じるでしょう。それが目的です笑
逆になにも感じない人は、まだじぶん自身と向き合う準備が整っていないと思われるので、日を改めてご覧いただけばと。
「変わりたい、変えたい」
「そのために頑張ってるのに、なにも変わらない」
あなたは、今抱えている問題そのものではなく、「なにも変わらないこと」に苦しんでいることに気付いているだろうか?
─ なぜ、変わらないのか
そこには様々な要因があるのですが、前回とは違う視点、「じぶんと向き合いまくったのにver.」でお届けします。
「じぶんと向き合う」ってね、実は一人ではできないのですよ。
じぶんと向き合えていない
「じぶんと向き合っているんですけど、結局何が問題なのかわからなくなっちゃって」
セッションの始まりは、こんな会話から始まることが少なくない。
はっきり言おう。そうやって悩むってことは、じぶんと向き合えていないのだよ。
全く向き合えていないわけじゃないですよ。あしからず。
─ 向き合うべきところと向き合えていない
なぜ、こんな現象になるかというと、心や意識の仕組みを知らないことのほかに、SNSの影響もあると思われ。
じぶんにとって都合の良い言葉
SNSからどんな情報を集めているか。そこを見ればわかる。
ほとんどの人は、じぶんにとって都合の良い言葉、情報を集めているのですよ。
- じぶんが求めていた優しい言葉
- じぶんを全肯定してくれているような言葉
- 慰めてくれるような言葉
そういったものに、傷ついた人はどうしたって惹かれる。これは自然なことであり、必要なことでもあります。
駄菓子菓子(だがしかし)
こういう「じぶんにとって都合の良い言葉」は、都合が良いのですよ。
向き合いたくないところを避けるためには、ね。
じぶんにとって都合の悪い言葉
逆に、無意識に避けたり、キツいなと感じたり、反論したくなる言葉や情報。
実はそれこそが、今のあなたにとって必要な言葉であり、向き合うべきところなのですよ。
潜在意識は、必要のないことに反応しないし、本当に気づかなければいけないところや向き合わなきゃいけないところには、ネガティブな反応を起こします。
優しくて耳心地の良い言葉(求めている言葉)は、そのネガティブな反応を“一時的に”消してくれる。だから、みんな惹かれるのです。
あくまでも一時的ですけどね。一時的であるがゆえに、また同じネガティブ反応に苦しむわけで。
この繰り返しですよ。だから何も変わらない。一歩も進めないのです。
「じぶんと向き合う」って、どういうこと?
メルマガでは何度も言っていますが、「じぶんと向き合う」ってどういうことかと聞かれると、わたしはこう答えています。
─ じぶんの無意識に触れること
無意識に感じていること、無意識に働いている“生き方のベース”、無意識に閉じ込めているじぶん。そういったものに触れることが、「じぶんと向き合う」ですよと。
ちなみに、“生き方のベース”というのは、価値観や信念、在り方など、思考や行動の発生源のことです。
これらは全て、潜在意識領域にある情報なので、当然ですが、自覚していません。だから「無意識」って言うのよね。
つまりだ、「じぶんと向き合う」という作業は、一人ではできないのですよ。
向き合いようがないの、認識できないから。
無意識の恐ろしさ Part1
10年近く前の話ですが、わたしが心理学の講座に通っていたとき、「無意識って、本当に無意識なんだな」と、当たり前のことが腑に落ちた出来事がありました。
師匠からテーマを出され、参加者同士でディスカッションする場面だったのですが、ある人がこう言ったのです。
「あ、わたし、この問題はもう向き合ってクリアしたんで、大丈夫です」
師匠が「向き合ったかもしれないけど、とりあえずもう一度向き合ってごらん」と言っても聞かず、その人はディスカッションに参加しなかった。
本人としては、そりゃそうですよね。何の疑いもなく「クリアしたと」と思ってるわけだから、今更向き合う必要なんてない。そう思うでしょう。
そんな彼女を見て、「あぁこれが無意識なんだ」「こうやって人は向き合うべきところから逃げるんだ」と、肚に落ちましたね。
後から師匠の解説を聞いたところ、やはり、「『クリアした』という思い込みこそが、向き合うべきところから逃げてる証拠なんだよ」とのこと。
クリアした、「と思いたい」のよ。これ以上向き合いたくない、触れたくないから。
無意識は無意識なので、本当に意識がない。(ニホンゴオカシイ)
ゆえに、じぶんが避けていること、避けながらじぶんを正当化していることに気づかない。無意識だから。
避けていることにすら気づいていないのだから、何を避けようとしているのかも当然わからない。むしろ、じぶんを正当化する。無意識に。
無意識って怖いなって思います。
無意識の恐ろしさ Part2
それからしばらく経って、別の心理学講座を受けていたときのこと。今度はわたしの番です笑
ちょっとしんどいな、と思うテーマに取り組んでいたとき、ふと、椅子の高さが気になったのです。
調整しようと試行錯誤していたら、ハンドリングを誤ってガチャン!と一番低い位置まで下がったのですよ、大きな音を立てて。
先生は大笑い。「あや、よっぽどここと向き合いたくないんだね」と。
椅子の高さが気になったのも、調整しようと動き出したのも、無意識。
テーマから意識を逸らすために、椅子の高さを気にするよう仕向けた。
こういうことするのですよ、無意識って。
ま、この後ガッツリ向き合わされたんですけどね。
じぶんと向き合うために
以上のことから、一人でじぶんと向き合うことは難しいとお分かりいただけたかと。
「じぶんと向き合っているんですけど、結局何が問題なのかわからなくなっちゃって」
こういう葛藤を繰り返している人の99%は、“一人で”じぶんと向き合おうとしてきた人です。
無意識に触れなきゃいけないのに無意識に気づけないのだから、当然、何も変わらないですよね。
むしろ、避け続けている分、問題や葛藤は大きくなります。
その時間やエネルギーは無駄ではありませんが、かなり遠回りしていることに気づいてください。
適切な対応をしていれば、余分な時間やエネルギーはかからないのです。
で、その「適切な対応」ってなんぞやという話ですが。
─ 第三者を交える
じぶんのことってね、他者を通して知ることができるのですよ。特にその第三者が専門家であれば、より深い部分まで知ることができる。本当の“クリア”も可能になる。
なので、必ず誰かを頼ってください。
誰かを頼り、じぶんのことを語ってください。
一応、置いときますね↓

最後に
戦闘民族は、じぶんのことを話すのが苦手だし、人を頼れと言われても頼り方がわからないと悩む。
一人で抱え込み、結局、一人ではどうにもならないほど問題が大きくなってから誰かに相談する。
よく言えば真面目なのだけど、悪く言えば大袈裟なのですよ。(偉そうに言うわたしも、かつては大袈裟に考える人間でした)
相談なんて、もっと気楽にすればいい。話すだけで楽になることもたくさんあるのだし。
コアセッションに来られる方は、最初は「カウンセリングってドキドキする」と緊張されてますが、2回目以降は友達とお茶しながら話す感覚で来られますよ?笑
だからこそ、意識全体が緩んで、問題となっている無意識に触れることができるのです。
大袈裟に考えなくていい。
「こんなことで相談していいのかな?」「ちょっと誰かに聞いてみようかな?」と思ったタイミングが、相談のタイミングです。
そのタイミング、逃さないでくださいね。

